リクの首が!
(写真と文は、07年04月16日のブログから転載しました)
愛猫「リク」チャンは4月30日生まれ、もうすぐに10才を迎えます。
人間の年齢では、概ね70歳になるようです。
昨日4月14日朝、「リクに何かなかったか」と妻に聞かれて、いつもと同じ!
と話したところ、首のところの毛が比較的大きく抜けている。
どうしたんだろう。家から外には滅多に出ないし、皮膚病だろうか?
そう聞けば、階段の踊り場に猫の毛が 「ある程度まとまって落ちていた」。
毛が抜けたところがかゆいようだけど・・・・・・・・。「リク」どうしたの!
14日の朝、カゴに入れて動物病院に連れて行ったが、毛を抜いて顕微鏡
で調べても特に菌はなかったようだ。
動物病院では、飲み薬を貰って帰って来たが、「しばらく様子をみよう!」
との話である。
餌は、以前よりも若干「食べる量が少ない?」と思うが、年齢によるものも
あるだろう。通常通り元気ではあるが、時としてニャー・ニャーと鳴く回数が
増えたように思うが・・・・・・・何を訴えているのかわからない。
*毛の抜けた長さは3cm・幅は1cm程度。
皮膚が赤くなっているところがありますが、
かゆいので後ろ足でかいたのでしょう。
私は、「マロン」(犬)とのストレスではないか!と思っているが、
動物は話せないので困ります。 少し様子をみましょう。
リクは、専用のカゴになかなか入らない。
入れば嫌な病院へ行いかなければならないと思っている。
以前、尿結石で痛い目にあっているのが忘れられないようだ。
病院でも診察台に載せた「リク」は、カゴからなかなか出ない。
先生がカゴを逆さにして出すらしいが、
診察が終わると自らカゴにサッサと入ると聞いた。
犬も同じで、一度でも痛い思いをすると 「生涯忘れない」 ようである。
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07年05月06日の状況
04月15日から約1週間、薬を無理やら飲ませ毛の抜けているところに薬を塗りました。
嫌がってなかなか薬を飲ませるのも大変でしたが、その後徐々に回復。
当初はかゆいようでしたが、徐々におさまって今は全くかゆくないようです。

「05月06日の状況」 抜けたところに毛が生えてほとんど従来通りとなりました。
もう大丈夫です。 いや、本当に良かった。
07・05.06 記
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リクが腰痛!
今日は2009年06月12日、一昨日からリクが高い所に登れない。
左後ろ脚が痛い?ようで階段を降りるのも辛そう。
本日かかりつけの動物病院を訪問したら、どうも体重の増加で腰痛との話。
12歳2ヶ月で体重は5.9Kgとのことだった。
一番いけないのが、朝晩の食事だ!朝ごはんはもちろんキャットフードだが、
お皿に少し余計かなー!と思うくらいあげる。
だが、その時すべてを食べずに残すが、それをかたずける事をしなかった!
したがって、お腹が空けばまた残りを食べる生活だったのだ。
夕食時もお皿に残りが有る無しにかかわらず相当量を入れていたが、
これが太る原因で、従来5.6kgだったが今回は5.9kgである。
人間では概ね7kg太ったということで、腰痛を起こしたらしい。
飼い主がきちんと食事を与えなかったのが原因であった。
今後は朝食をあげて、残して食べ終わっても一旦かたずけ、
夕食時に改めて食事を与えことにする。
09・06・12記
腰痛その後 (09・07・02)
腰痛になって動物病院へ行ったのち、少しずつ痛みも和らいだようである。
病院に行ってから数日後、先生に病状を話したが、特に治療の必要もない!
とのことで現在にいたっているが、今は後ろ左足を少し引きずる程度である。
食事の方は、朝晩のキャットフードの量をおさじに3杯と決めることにして、
食事のお皿は相変わらず出しっぱなしである。
一回にすべてを食べる習慣がないためだ。
今ではお腹の垂れ下りが、大分少なく減量しているはずである。
だが、50cmほどの高い所への飛び跳ねはできないが、やっと元気になった。
見えない顔色だが、最近は顔色が良くなった?と思うのだ。
09・07・02記
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リクの具合が?
(2011・03・08)
夜中に私がトイレに起きると、必ず妻の寝どこから出てきて
階段を上り食事を欲しがって食べ、食べ終わると階段を下りて妻の
布団に入りこんでいた。
だが、この数日間ひどい便秘で、便をしたくても出ない日が続いている。
今日、嫌な鳴き声を2回聞いたものだから、動物病院で観てもらった。
腎臓が悪く周囲にも水が溜まっているらしい。
そう言えば、この2日ほどオシッコも非常に少ないのだ。
体温も平熱の38度から3度低いという。
1997年4月30日生まれだから、今は14年を少々切る年齢だが、
少し早いがホボ寿命に来ている年齢であることは確かだ。
多分「腎不全」だと想像しているが、今は籠の中で落ちついている。
食事はせず、少々の水を呑んだ。
「リク頑張れ!」と心で叫んでいる私である。

病院から家に帰ったがケージから出てこない。

しばらくしたらケージから出てきたが、少し歩いて倒れてしまった。
今日は2階の和室で妻と「リク」が一緒に寝ることにしました。
11・03・08記
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愛猫「リク」の死
(2011・03・09)
昨日は妻の布団に入って寝たと聞いた。
昼ごろまでその布団で横になり、時に私が水を差しだすと少し呑んだ。
午後、布団から自ら出てきたが、相変わらず弱っている。
もう時間の問題だと私は思った。
残念にも夕方16時40分に息を引き取った。
苦しい顔などしていない。可愛い顔の「リク」がそこにあった。
娘たちへメールをして夜になったが、家族4人でリクの思い出など
話し合ったが、まるで寝ている時の顔である。
もうすぐ14歳だが、可愛い顔だ。
今にも起き上がるれるような雰囲気である。

亡くなってからの「リク」の姿は寝ているようだ。
葬儀を明日と言う訳にはいかないので11日(金)に設定した。
リクのいるお陰で、家庭内の話題が増えた事が素晴らしい事だった。
本当にありがとう。そしてご苦労さまでした。
人間の年齢ではホボ私と同年令ですね!安らかにお休みください。
11・03・09記
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リクの葬儀は、2011年03月11日
リクは9日に亡くなったが、10日は家族4人で昔の話をして
お通夜をまねごとをした。11日(金)に葬儀をすべく手配をして
車で、世田谷上馬の「淨土宗・感応寺」を訪問しお葬式をした。
その時の状況を写真に収めました。

お寺へ訪問前に自宅での準備



上から 背骨・しっぽ 顔 (顔の下はのど仏) 背中と腕 一番右は足
こんなにも見事にはっきりと残っている「お骨」も珍しいとのお話でした。

ツメや歯・その他もろもろ 骨壺に入れます

自宅に戻った「リク」
03月08日病院を訪問し葬儀まであっと言う間でしたが、
約14年間共に暮らしたリクは、なかなかの男前でした。
オシッコの出が悪くなって「コントロール食」以外は口にしなかった。
おりこうさんな猫だったと思います。
「リク」もお母さんが付けてくれた名前でしたね!
動物は口がきけない分、可愛いものなのですね。
お寺からの帰宅は午前中でしたので、「東日本大震災」は自宅で揺れがありました。
2011年04月26日が49日に当たる日ですが、娘がお休みの日曜日(24日)に
家の玄関前にお墓を作り、骨のみを布に包み埋めました。

骨壺から骨を取り出し、土の中に(深さ20cm?)埋めました。

「リク」のお墓です。 娘が石ころで「リク」と小石を並べてくれました。
我々は、リクのお陰で和やかな生活が送れたと思っています。
まだ 朝4時頃、食事をねだる姿を思い浮かべる事があります。
時にはチョット怖く、高齢になっても「可愛いリクチャン」でした。
リクチャン本当にありがとう。
11・03・12記
11・04・03追記
11・04・26追記
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もうじき14歳になろうというウチの愛猫「riku」が逝ってしまいました・・・。
人間にしたら、72歳くらい・・・ もう少し生きてくれると思っていたから、
時々だるそうなときもあったけど、比較的元気にしていたから、
まだこんな時期が来るとは思っても見なかった・・・。
3月8日(火)
妹から連絡を受け、すぐ駆けつけると、ストーブの前で横たわっていた・・・。
温かい風があたる所だけは、温かいけど、それ以外は冷たいまま・・・。
名前を呼んでも視線が合わない・・・。瞬きもあまりしない・・・。
もう立ち上がれない・・・。朝までは、まだ棚の上まで飛び乗っていたというのに・・・。
昼間に変な鳴き方をしたので獣医さんに連れて行ったら、水腎症とのこと・・・
体温も低下しており、もういつどうなってもおかしくない・・・と言われていた。
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3月9日(水)
仕事を終えて行ってみると、息をしていないrikuの姿がそこにあった。
「昨夜、また明日ね」と声を掛けたけど、会えなかった・・・ごめんなさい。
見ていると今にも起きそうなキレイな姿で横になっている。
身体をいくら撫でても1本も毛が抜け落ちない。目は半開きで閉じず・・・成仏した証拠かな?
あー・・・辛過ぎです・・・。でも、そんなに苦しまない感じで逝けたのは救いです。
10年くらい前に結石になり、それ以来、大好きな煮干しも海苔も
我慢して、病院から購入する石が出来にくい治療食のみを食べていた。
煮干しとかを最初は欲しそうにしていたけれど、ある時から自分からも
ちょーだい!と言わなくなった。その頑張りのお陰で、ずっと調子良さそうにしていた。
だから、まだまだ元気にしていると思っていた・・・。
最後まで、本当に辛い表情も見せずに、元気なrikuでいてくれた。
ちょっとワガママで、頑固で、甘えん坊で、ハンサムで、賢いrikuでいてくれた。
たくさん私たち家族に、癒しを愛をくれたriku・・・。
うちで生活してきた14年は、幸せだったのかな?!もの言わぬペットの死は、本当に辛い・・・。
今頃は、すべての辛いことから解放されて、好きなものを食べて、元気に走り回っているのかな?
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3月10日(木)
お世話になった獣医さんに報告に行った。
先生は、昨日の状態を説明してくれて、ここ1年くらい掛けて徐々に
悪くなっていったんだと思う・・・と話してくれた。
本当に、辛くて、だるくて、どうしようもない時もあったのかな?!
夕方、動物病院の看護師さんがお花と先生からのお手紙をウチまで届けてくれた。
rikuが辛いとき、いつも助けてくれた先生方・・・ありがとうございました。
それから、rikuが入れる箱を用意し、そこに納めた。
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3月11日(金)
*葬儀が済んで帰宅したら「東日本大地震」でした*
午前中に、家族みんなで、ペットのお葬式をしてくれるお寺へ。
お坊さんに読経していただき、そのお寺に設置されているペット火葬場で
rikuと最後のお別れをした。
火葬が終わったと係の方が案内して下さり、行ってみると、ビックリするくらい、
とってもキレイに骨が残っていた。
係の方も「こんなにキレイに残っているのは初めて見ました」と驚いていた。
家族で、骨を拾い、骨壺へ収骨した。
お坊さんも目頭を押さえていたり、係の方も目を真っ赤にして、
いろいろ対応して下さった。
お陰さまで、とても良いお葬式が出来ました。
お家では、rikuが好きだった場所である、日当りの良い出窓に安置している。
四十九日にあたる4月26日に、ウチの玄関そばに埋めようと思う。
みんな本当にrikuのことが大好きだよ!!!!!
rikuちゃん、本当に14年間、どうもありがとう!!!!!
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愛犬「マロン」は妻の実家で生まれた雑種、2001年1月20日生まれ。
妻の実家(秋田)から貰ったもので車で東京へ。
母親の毛並みは純白、子供たち4匹は真っ白である。
何とマロンだけが茶と黒で、父犬がどこのものか解らない。なんとも自然である。
どう見ても「コーギー」の雑種なのか?散歩中に皆さんに言われるのだ。
マロンがこの家に来ると「リクが可哀想だ!」と思った。
来てみると以外にも「知らんぷり」であるので助かった。
餌はリクが先、あとからマロンに与えるが、リクが食べ終わった
にもかかわらず、餌を食べる前にリクを脅かすのだ。
「マロンの食事は、リクには絶対食べさせない」
朝と夕方の散歩は欠かせないが、散歩の途中で遠くに猫を見ると行こうとしない。
また急に猫に出合うと、キャン・キャンと噛み付かれたかの声で鳴く。
リクが家にいても他の猫は怖いらしい。
散歩は毎回30〜40分。時には上野公園を廻る事があるが、
1時間を越えての「暑い時期の散歩」は、戻った玄関でハア・ハアと
息が荒く伏せてしまう。 毛布にくるまっている身体だからなー。
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