著名人の絵画
NO・01〜10

著名人の絵画(計77枚)を、お楽しみ頂けると幸いです。
毎週 日曜日に一枚づつ、配信の予定にしています。







01  黒田清輝


「読書」   (1890〜1891年作)    
2011・01・09 配信



よろい戸のある部屋で、若い婦人が本を開いている。人体も衣服も正確な筆致で描かれ、
そのうえに柔らかい光を側面から受けた微妙な感じが見事にとらえられている。
本をめくる右手の表情も美しい。
1884年(明治17年)パリに留学した黒田は、基本的な技法の上に印象派の色彩理論を
応用した明るい描写を加えて、我が国の近代絵画の基礎を築いた。
この絵はパリの近郊で書いたものだが、この作品一つ見ても、近代日本の夜明けに自分の青春を
参加させた黒田の自由で新鮮な出発を思わないわけにはいかない。   (解説:田辺 徹)

ココをクリックすると上野の「黒田記念館」がご覧いただけます。





02  伊東深水


「黒いドレス」     (1895年作)    2011・01・16 配信



この作品は、当時大学へ行きながらファッションモデルをしていた
「大内順子さん」を描いたものです。ファッションモデルの中にあって、
学生の匂いの抜けない清潔な感じがとても印象的。
着ている黒いドレスがこの人の容貌、
髪かたちと良く調和して面白い!と思いました。  
                                (解説者:不明)

この絵の原画は、黒いドレスを着た大内順子さんが椅子に座っております。


大内順子さん (クリックで公式ブログ公開)
1934年5月4日上海生まれのファッション評論家、ジャーナリスト。



作者伊東深水の略歴

1899年(明治31)年に東京・深川に生まれる。
1910年に鏑木清方に師事。
1911年に巽画展に「のどか」を出品し入選。1915年の文展の
「十六の女」、16年院展の「乳しぼる家」で声価を高めた。
1950年に日月社を結成、後進の指導。58年に芸術員会員。
62年に「深水画道50年の記念展」を日本橋三越にて開催。
「女性の官能美を表現して第一人者」と言われる。
1972年、74歳にて癌で他界した。
女優の「朝丘雪路さん」は娘さん。弟子に岩田専太郎氏など。






03  フランス・ハルス


「サラ・ウォルトファーレンツ・ファン・デーメンの肖像」 (1632年頃の作品)
2011・01・23 配信



ハルスは対象をありのままに率直に愛情をこめて描いた画家。
17世紀オランダを代表する画家である。
特にその肖像画は、その後ヨーロッパ画檀に大きな影響を与えた。
この絵は、ハルスがしばしば試みた男の肖像と対にした夫人像の一つ。
当時のアムステル市長ニコラス・ハセラール夫人を描いたもにで、
夫の肖像と同じ美術館にある。17世紀前半に流行した大きな堅い
白いカラーをつけ、黒色の絹のドレスを着た夫人。
その口もとのわずかな表情を素早くとらえている。
                           (解説者:不明)





04  ツゥルーズ=ロートレック


「ゴルツィコフ夫人」  (1893年作)    2011・01・30 配信



この絵は椅子に座る夫人の肖像画である。
従って上記の絵は顔のみ詳細に写したしたものだ。
    娼家や酒場の女、盛り場の踊り子たちをしんらつに、
また、洒脱に描いたロートレックには珍しく、
    貴婦人を描いた本格的な肖像画だ。ロートレック28歳の作品。
いささかきつい顔のゴルツィコフ夫人は、
ロートレックに肖像画を注文した唯一のパリ女だと言う。
天性の素描家「ロートレック」は、その油絵においても十分その本領を発揮した。
ここでも画面は、絵具を塗るというより素早く走る細かな線条が
つみ重なるように描かれる独特なものだ。
                                       (解説者:不明)





05  ルノアール


「すわる浴女」   (1914作)   2011・02・06配信



この絵は椅子に座る裸婦像であるが、ここには顔だけが載せられています。

左右に柔らかく垂れた髪、澄んだ瞳、赤い頬、唇の鮮やかな赤。
   心持ち首を傾け、思わずほほ笑みをかけてくる様な少女の顔。
   明るい戸外の樹樹の間、微風がそよぐ花園に憩う裸婦はルノアールが
   好んで描いた題材だが、ココに描かれた裸体の何と見事な豊かさであろう。
   よどみなく流れる筆致、あふれる色彩。
   画家自身の魂のやすらぎと喜びが、聞こえてくるさわやかな画面。
   優しく、暖かく、満ち足りたルノアールのビーナスである。
                          (解説者:不明)





06  ゴーギャン


 「若い女の顔」   (1886年)   2011・02・13配信




若く初々しい女性の顔。南国の烈しい太陽の下、圧倒的な原色と重量で
描いたタヒチの女たちとは全く対照的な、いかにも清楚なフランスの女性である。
絵の具を薄塗りにし、細かい筆触りで、赤・青・黄などの色彩を微妙に織り交ぜて
描いた印象派ふうの作品だが、画面ににじみ出るような淡い赤の色調が、
しんしんとした静けさの中に、若い女の匂うような華やかさを浮かびあがらせている。

1880年有能な株式仲買人の職を捨て、画家への出発を決意したゴーガンが
85年妻とも別れ、経済的にもその生涯のうちでもっとも絶望的な状態の中で、
次々に描きあげていった初期の作品の一つである。
ここには彼の好きなドガやピサロの影響がうかがえるが、
小品ながら、画家の真情に溢れた珠玉の作品といってよい。
                             (解説者:不明)





07    ドラン


「イタリアの女」   (1921年作)
  11・02・20配信



ドランは1920年から30年にかけて南仏とイタリアに旅行している。
ドランが最もドランらしい作風を示すのはこの時代で、多くの力作を生んだ。
この絵は初期のもので、いっぱんに<栗色のドラン><知的なドラン>と
言われる作品の一つである。    (以下割愛しました)
                                    (解説者:不明)




08   梶原緋佐子


      「琉装」    (1963年作)    11・02・27配信



琉装の人物を描きたくて沖縄へ出かけたものですが、街には
いっこうそれらしい人の姿もなく、やはりここも戦後の街の感じでした。
それでも<松の下>と言う琉球料亭で、琉球舞踊が見ることが出来、
はるばる来た甲斐があったと喜びました。
この作品はその翌日、土地の若い踊りのお師匠さんに引き合わさ
れて写生したものです。美しい艶の髪型と琉球カスリの紺の香の
匂うような単衣の袖、琉球の良さをしみじみ感じて描きました。
                     (解説者:記載がないが「本人」でしょう)


作者の略歴

1896年京都市に生まれる。1919年京都府立第二高等女学校卒業。
菊池契月」に師事。1926年大2回帝展に初入選。戦後1951年第3回
日展出品作「晩涼」で特選。52年第4回日展出品作「花」が文部省
にて買い上げとなる
。50年第5回日展出品作「涼」で白寿賞綬賞。
1958年・62年・66年と日展審査員。

菊池契月氏について
 明治-昭和時代の日本画家。明治12年11月14日生まれ。
文展で7回受賞。四条派に大和絵の技法もくわえた歴史画,人物画で知られる。
昭和7年京都市立絵画専門学校長。芸術院会員。
昭和30年9月9日死去。75歳。長野県出身。旧姓は細野。本名は完爾(かんじ)。


{散策}  1943年作





09   中川紀元


 「子供」    (1940作)     03月06日配信



マティスに師事した中川は、その大胆で鮮烈なフォーヴィスムの画風に
よって初期の二科会を充実させた。その後、文人画風な筆致で東洋的
な空間と自然な情緒を追求するようになったが、この作品は画家がそういう
新しい道を踏み始めた頃のものである。戦後の一時、信州にあってその
山水の連作に専念、いまやその画風は脱俗の人柄に似つかわしい一境地と
して人々に愛され、近来の充実した活躍も注目されている。この絵は、まだ
当時幼かった画家の末娘の肖像画であるが、さわやかな愛情の感じられる
何気ない筆が緊密な空間を構成していて、フォーヴふうのはげしい画業に
鍛えられた画家の力量を思わせるし、また油彩の筆を水墨の筆の様に使
おうとしている画家の志向がすでに破綻なく実現しているのも興味深かい。
                                 (解説者:田辺 徹)


フォーヴィスム(フォーヴ)とは

Fauvisme、野獣派は、20世紀初頭の絵画運動の名称。
20世紀、フランスで生まれた最も早い表現主義的な絵画様式。


感覚を重視し、色彩はデッサンや構図に従属するものではなく、
芸術家の主観的な感覚を表現するための道具として、自由に使われる
べきであるとする。ルネサンス以降の伝統である写実主義とは決別し、
目に映る色彩ではなく、心が感じる色彩を表現した。世紀末芸術に
見られる陰鬱な暗い作風とは対照的に、明るい強烈な色彩で
のびのびとした雰囲気を創造した。





10  宇田荻邨(てきそん)


 「大原の秋」  1959作   (11・03・13配信)



大原女の風俗は、この地の寂光院に余生に送られた頃の、
建礼門院に仕えた阿波の内侍の芝刈姿を伝えた名残といわれる。
働き良い服装のうちに、みやびらかかさな顔かたちも美しく、事に
山村風景と良く調和し、洛北の風趣にひとしおの色どりを見せている。
                                   (解説者:不明)

この絵の原画
上部に山が見え、河原に足をつけている作品となっております。


作者の略歴

1896年、三重県松坂市に生まれる。1917年、京都私立絵画専門
学校を卒業。26年第6回帝展に「山村」が、26年第7回帝展に
「淀の水車」が特選。 28年以降十数回にわたり「帝展・日展の審査員」
36年に京都私立絵画専門学校教授。55年日展評議員。
57年、画会白申
(はくしん)社を主宰。
「大原の女」は、第3回白申社展(東京・三越)出品作。





「著名人の絵画」のトップに戻る     絵画の「11〜20」に進む

「いわおの部屋」のトップページに戻る

Counter     制作  大野 巌