石楠の刺繍回顧展報告
このたびは、多くの方々に「石楠の回顧展」をご覧いただきまして
誠にありがとうございました。
2007年10月23日(火)から11月04日(日)迄(月・休み)の間、台東区谷中の「ギャラリーTEN」にて 開催の日本刺繍展示会は、12日間で延べ約500人の方々にご覧頂きました。 私の父「伊三郎」雅号:石楠(セキナン)は、根津小学校を卒業し画家になりたいとのことでした。 が両親の面倒をみなくてはいけないことから、結果的には刺繍職人として過ごしました。 戦後は、「背広のネーム・米軍の階級章」などを刺繍して生活をしてきました。 昭和30年頃からミシンでネームで刺繍ができる様になってからは、仕事も減りましたので、 若いときに習った「書道」を生かし昭和32年から自宅で「お習字の会」を開きました。 7年後の昭和39年に、脳梗塞で倒れて「お習字の会」を辞め、2年間リハビリに励みました。 リハビリにより身体も回復、昭和41年から「日本刺繍」を皆さんに教えたのです。 しかし、昭和47年(1972)に74歳にて突如(心不全)他界しました。 私が結婚する2週間前の話です。 今回展示の刺繍作品を手がけたのは、概ね昭和32年頃(1957)から他界する昭和47年(1972) ですが、生前 本人が友人に差し上げたものもあります。 現在「短冊・色紙・額の作品・屏風作品」など約80点ほどの作品がある中、今回 約40点の作品を 展示して皆様方にご覧頂きました。 石楠が他界後、作品はダンボールケースに入れて日本紙を載せ、「ナフタリン」を入れました。 時々私が楽しみに観る程度でしたが、会社を退職後このホームページに載せまず皆なさんに 観ていただこうと!その後2年半を経過し、今回の展示会となりました。 父は過去展示会など考えず、ただひたすら “好きな刺繍をすることが唯一つの楽しみ” だったと思います。一つ作品が出来上がる頃には、次に縫いたいモノを考えていたのでしょう。 「日本紙」に刺繍を試みたのも、そのようなことだったのでないかと・・・・・・・・。 ![]() 日本紙に刺繍をした「無」のまわりは墨でぼかしています。 刺繍教室を開始して、生徒さんから展示会のお話が出ましたが、当時の話では 「あと10年若かったらなー・・・・・・・」と言っていたそうです。 昭和47年だったと思いますが、新聞社から展示会のお話が出ました。 が、残念にもその後に他界してしまったのです。 従って、今回の展示会は「初めての展示会」だったのです。 私の友人など多くの方のご協力を頂き、大勢の方々に実物の作品を見ていただきました。 ご覧頂いた多くの方々、ならびに関係各位の皆様に厚く御礼申しあげます。 また「eーひぐらし」のホームページにおいて、刺繍職人の姿を配信していただきまして、 誠にありがとうございました。 最終日11月04日(日)の14時30分に100歳のおじいさんが来てくれました。 もちろん次男と奥様(私の小学校友人)の付き添いで・・・・・・・。 芳名帳の一番最後は100歳のおじいさんでした。 もちろん筆で立派な、お名前を書いて下さいました。ありがとうございました。 父の喜んでいる姿が眼に浮かび、心温まる展示会となりました。 私の人生の中で、最も大切な父の回顧展でもありました。 皆様、誠にありがとうございました。 厚く御礼申し上げます。 2007年11月吉日 大野 巌 |
展示会ご案内の資料など
場所 : ギャラリーTEN (地元・谷中での開催です) 日時 : 07年10月23日(火)〜11月4日(日) 11:00〜18:00 但し、最終日は17:00まで 月曜日はお休みです。 ![]() 東京メトロ千代田線「根津駅1番出口」から、 ギャラリーTENまで徒歩で約七分です。 |
ご案内状

回顧展の宣伝
谷中の人力車「音羽屋」さんにお願いし、人力車後部に下げて頂くことになりました。
早速、取り付けましたが「A3」では少し小さかったので、
開催場所である「ギャラリーTEN」の地図を横に並べました。

(大きさ:A3 07・09・01)



















