毎月4日・14日・24日が縁日、今日は07年08月24日。
残暑真っ盛りの暑い日が続くので、お店の方は通常より人出が少ないと!
だが、この暑さの割には人出が多いのではないか?と私は思った。
この暑さに負けない「元気なおばあさん」に多く出会えました。
元気だからこられるのだけれど・・・・・・・・。
この巣鴨は以前良く出かけたが、今回約2年ぶりの訪問だった。
今回、「父の刺繍作品」を屏風にしたい!と町屋方面にお願いに行き、
珍しく都電・荒川線に乗車、新庚申塚で降りての参拝となった。

都電専用の軌道があり、車と一緒に走らないところが多くて良いですね!


都電の中から写した「荒川車庫」 昔の電車が懐かしい!
曹洞宗萬頂山高岩寺は、約400年前(慶長元年=1596年)江戸湯島に開かれ、
約60年後下谷屏風坂に移った様です。
明治24年の区画整備で、当地(北豊島郡巣鴨町)に移転し今日に至っております。
御本尊は、霊験あらたかな「とげぬき地蔵」として知られる延命地蔵尊です。

お地蔵さん前の賑わい

網のかかる高岩寺

山門から見る本堂

本堂脇のお地蔵さん「洗い観音」
[洗い観音について]
一日、約3000人の方にこすられる?
江戸時代最大の火事であった「明暦の大火」(1657年 )で、
当寺の檀徒の一人「屋根屋喜平次」は妻をなくし、
その供養のため「聖観世音菩薩」を高岩寺に寄進しました。
この聖観世音菩薩像に水をかけ、
自分の悪いところを洗うと治る!という信仰がいつしかうまれました。
これが「洗い観音」の起源です。
その後、永年に渡ってタワシで洗っていた聖観世音菩薩でしたが、
顔なども次第にすりへってきました。
平成4年11月27日、この仏像にご隠退をいただき、
あたらしい聖観世音菩薩の開眼式を執行。
以後、タワシを廃止し布で洗うことになりました。
新仏像の製作者は、彫刻家・八柳尚樹先生。寄進者は仲堀義江殿。
☆「巣鴨地蔵通り商店街」のホームページから引用
お店の方より、「以前のお地蔵さん」の写真で見せていただきました。
従来のお地蔵さん、タワシでこすったため身体も顔もツルツルでした。
ツルツルのお地蔵さん、現在のお地蔵さん奥にある「お蔵」に保管されています。
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順番待ちの方は、およそ60人ほど

お地蔵さんの隣に!


境内前のにぎやかさ
☆JR巣鴨駅側の商店街で、真っ赤なパンツを購入しようか?とお店を覗いた。
男性用も準備されていたが、結局買うことが出来なかった気の弱さ!
この真っ赤なパンツや腹巻、本当に温まると聞いているのだが・・・・・・・。
JR巣鴨駅からとげぬき地蔵の手前あります。
江戸六地蔵尊の一つとして知られる「真言宗豊山派醫王山東光院眞性寺」。
起立年代不詳。元和元年(1615年)境内には松尾芭蕉の句の石碑があります。
大きな傘をかぶり、杖を持つお地蔵様。
江戸の六街道の出入口に置かれ旅の安全を見守ってくれました。
関八州江戸古地図、江戸絵図ほか多くの文献から、眞性寺界隈は中山道の出入り口で、
当時から交通の要として賑わっていたようです。
 
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制作 大野 巌
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