東京の下町散策「谷中・根津」
千駄木駅から三崎坂を上る

地図:谷中・根津へ

地下鉄千代田線「千駄木駅」の出口は2ケ所あり、大手町側(1番出口)の階段を登ります。
この階段、電車の風圧がとても強いのでご注意下さい。


千駄木駅の「1番出口」の階段を登った写真ですが、がココが「団子坂の交差点」です。
(ちなみに団子坂は本郷方面に上る坂で、上り切った左側に鴎外記念館があります)


団子坂の交差点を渡るとレンガの喫茶店脇に「今川焼」がある。
材料の高騰で値上げをしたいが、1ヶ100円で頑張っている。
ココで今川焼きを買って店前の椅子に座って、ゆっくり味わうのも良いですね!


看板がすぐに眼に入ります  100円で買ってココの椅子に座って食べるのも良いですね!

3種類どれも100円です  今川焼き今100円では安い!皆さん散策の途中でも食べて下さいね!


今川焼きが1ヶ100円、今ここだけかも。 奥さん曰く、本当は値上げたいのよ!
 でもね地元の方にも多く来て頂きたいの。とにかく、頑張りたい!
 材料はいずれも国内産との話だ。  私は「つぶあん」がいいなー。


少し先に進むと左側に、手焼きせんべいの老舗 「菊見せんべい」 が堂々と構えています。
明治・大正の息吹を感じさせ、着物姿の女性を前に写真でも撮りたい気分に!
このお店、明治のころ「団子坂で栄えた菊人形は大変な賑わい」その菊見客に人気のおせんべい。

菊見煎餅は確かに美味しい!流石です。この看板が何とも良いですね!   
菊見せんべいのお店  (明治8年創業)




団子坂の菊人形


団子坂界隈は、幕末から明治末迄「菊人形」で有名だった。
木戸銭を取って菊人形を見せたのが明治8年。
出し物は忠臣蔵・八犬伝・太閣記など芝居がテーマで、
竹細工で編んだ胴に根つきの菊を植えたらしい。

(かしら)は人形師が俳優にそっくりに作るが、使うのは一回だけ。
明治10年ごろがひとつのピークで15年ごろは団子坂が一手に引き受け、
20年頃が最盛期で明治末まで続いた。
考えられない程の人出で大混雑!との事だ。

明治42年、両国国技館で名古屋の黄花園が菊人形を開催した。
ここの人気がすごく、明治45年には団子坂は廃業に追い込まれていった!


三崎坂を上り始める手前の十字路が、
昔「藍染川」が流れていたところで右に曲がると「へび道」。
この道は、「藍染川」の名残りでへびのようにクネクネ。
明治末まで、この川でアサリ・シジミが採れ小魚が釣れた。
よく水が出たので大正9年に暗渠化したとの事。

へび道を境に、団子坂側が「文京区」三崎坂側が「台東区」です。



三崎坂手前の十字路(中華砺波)で、この先がヘビ道です。


「へび道入口の十字路」 ヘビ道側から写した写真です。
この写真は2010・05・04の昼過ぎの様子ですが、最近「谷中の人気」を象徴する人出です!



★★★ このへび道を過ぎ左側にお寿司の「乃池」さん ★★★
ここの「アナゴ寿司」、ご主人のこだわりで大人気です。


坂を上り始めると、すぐ右側に「平井履物店」。
着物にお似合いの下駄や草履などの制作と販売です。
ショウウィンドウ内にある「好戸江」は金糸の刺繍。

「江戸好」は父「石楠の刺繍作品」です。
「好戸江」(江戸好み)は、「父 石楠」の書で日本刺繍です。
クリック:平井履物店のHP

ココが[伊勢辰]の本店となります。
この先に「いせ辰」のお店がある。江戸時代から続く千代紙の老舗。

木造2階建,入り口の看板が眼を引く。昔の版木から美しい千代紙が刷られ女性に大人気だ。
店内は千代紙を生かした小物などが豊富に並び、終日お客さんが絶えません。


伊勢辰を右に曲がる道の名称を当面「谷中小下通り」と名付け、
ご紹介しておりますので、下記をクリックください。

「谷中小下(しも)通りのお店」
ココをクリックすると「谷中小下通り」の地図のみが表示されます



「谷中小下通り」を過ぎると、喫茶店「乱歩」がある。
ご主人、江戸川乱歩が好きでお店の名前が乱歩となった。
つい先日もこの乱歩で二時間ドラマの撮影が行われ、船越英一郎さんにお逢い出来ました。

  
乱歩の入り口と脇道の看板

喫茶店「乱歩」のドアーです。
乱歩の入り口ドアー

三崎坂を上ると、谷中小学校の前に「大円寺」がある。
本堂が二つ 右が「薬王殿」皮膚病と下半身の病に!左が「経王殿」祖師日蓮を祀っている。
また美人画が得意で笠森おせんを画いた浮世絵師,「鈴木春信」の碑がある。


2010年に谷根瓦の葺き替えを実施しています。



大円寺の本堂は変わっていますね!
大円寺の本堂



10月初旬「大円寺」においてお寿司屋さん「乃池」のご主人(野池さん)が旗を振り、
昔の菊人形に変わる「菊祭り」が、三崎町内で開催される。
大円寺に境内には、菊の鉢植えがところ狭しと並びます。


2006年の菊まつりに飾られた菊人形


三崎坂を上ると、左側に全生庵がある。
全生庵は明治13年(1880年)に山岡鉄舟により創建された。

山岡鉄舟と三遊亭円朝は親交が深く、円朝が創作するとまず
鉄舟に聞いてもらい、高座に出したと言われています。
ココに三遊亭円朝のお墓があり、毎年8月に円朝祭りが行われます。


 

三崎坂上って


全生庵の先、谷中でも珍しくなった「長屋」があります。

各個人のお宅で、屋根など修理していますので段違いになっていますが・・・・・。

この画像をクリックで、「開運・谷中堂」猫グッズにリンクしています
今は珍しい長屋ですが個々の家々で修理改造をしています。
上の画面、またはココをクリックで「開運・谷中堂」のページがご覧いただけます。


  この長屋を見ながら進み「石六の石屋」を左に曲がると、いかにも谷中の通り。
  この通りは2009年に
電信柱」をなくしましたので、何故かさっぱりときれいな
  通りになっています。
  突き当りのお寺をを右へ。ここにに瓦と土を交互に積んだ「築地塀」がある。
  江戸時代に築造されたものだと聞く。
  一部手直ししているが、重量感のある築地塀は寺町谷中にピッタリです。



築地塀の雄姿

築地塀は日暮里駅西口の「大行寺」にもあります。  


築地塀に台東区の「まちかど賞」が貼られています。



この写真は別のものを並べています。





出桁(だしげた)造り


小学校の[友人の家]ですが、保存が大変だと。
出桁(だしげた)造りの個人の家

  
左:人力車に乗って見た「出桁造りの家」

薬膳カレー(朝倉彫塑館の近くにある食事処です)




目次     次ぎの「朝倉彫塑館」へ

(三崎坂) 朝倉彫塑館 谷中銀座 天王寺 谷中五重塔 瑞輪寺
旧吉田屋酒店 浄名院から寛永寺そして一乗寺 根津の街
根津神社  根津と串かつはん亭
  散策コース外

このページのトップへ  「東京の下町散策」に戻る  「いわおの部屋」トップに戻る

Counter       制作   大野 巌