下町散策「谷中・根津」



谷中銀座から霊園

朝倉彫塑館を見学し、十字路を左に曲がり、下絵のY字路を右側に入ると「夕焼けだんだん」。
以前、萩本欣一さんが撮影に来た事もあり一挙に有名になった。 開けた道が気持ち良い。
今は、不忍通りにそびえるマンション群が飛び込んでくるが、昔は富士山が良く見えたと思う。


ゆうやけだんだん:この先が階段で下りると「谷中銀座」です。この辺は猫が多いですね。
夕やけだんだん  正面は不忍(しのばず)通りのマンション群

東京でも有名な竹細工屋さんの「翠屋」。
「翠屋」 (ミドリヤ) 東京でも有名な竹細工屋さん。
細く割いた竹で・花かご・お茶かご・風流かご・などを作り売っています
(だんだん坂の階段を下りて 「後藤の飴」を右に曲がると右側にあります)

東京の商店街でも最も有名「谷中銀座商店街」。
夕やけだんだんの階段から谷中銀座を見る。

ココで「谷中銀座商店街」を地図で確認してみる


*** 谷中銀座商店街 ***

東京には、「**銀座商店街」と言うところが相当数ある。
今の世の中、スーパーやコンビ二が増加し、どこの商店街も寂しいところが多い。
だが、この「谷中銀座商店街」は今も健在。 夕方(16時ごろ)の混雑は大変なものである。

ここは、原宿や渋谷にない人間臭いみたいなものがある。
昭和のはじめ、日暮里駅の近道横丁として道幅2mほどにお店が10軒ほどだったらしい!
戦後、今の道幅に拡張され約70軒のお店が並んでいる。

お惣菜・魚屋・肉屋・八百屋・花屋・文房具屋・雑貨屋・お弁当屋・本屋・電気屋・薬屋・お茶・靴屋など。
どこのお店の看板も「切り絵」や「木の看板」を掲げ、雰囲気ある商店街となっています。

16時頃は、買い物のお客さんで混雑し容易に通れません。 
この道幅、商店街にはぴったりと思う。あまり狭くても広すぎていけないはずだ。
谷中銀座商店街 (クリックして谷中銀座をお楽しみ下さい)




 舎人ライナー開通

東京の商店街でも最も有名「谷中銀座商店街」。
谷中銀座からゆうやけだんだんの階段を見る。


***テレビで人気の「肉のすずき」***

いや何とも有名になりました。メンチカツ 美味い!
すずきのご主人
(人気のメンチカツは、15時前になくなることが多いと言う)


お店にはテレビ報道の情報がいろいろ貼られています。
いや何とも有名になりました。ココは本物でしょう。

 いや何とも有名になりました。ココは本物!




谷中メンチ
すずきを追い越そう!と頑張っています







日暮里駅前から天王寺

谷中銀座商店街を見て、夕焼けだんだんを登り日暮里方面へ。 
十字路の先に、大黒天「経王寺
」(きょうおうじ)がある。

有名なお寺です。


経王寺山門の千社札

経王寺から日暮里駅に向かう途中に、
佃煮・谷中せんべい・中華そば・日本そば・甘味処・喫茶店。などが・・・・・・


谷中せんべいの暖簾

セブンイレブンの前に「人力車・音羽屋」さんが出ています。ココから人力車で如何ですか?

日暮里駅に近い「本行寺」(月見寺)の庭が美しい。
梅・桜などの手入れも行き届き、春のしだれ桜が見事である。

左側に築地塀があります。少しだけ見えますね!
本行寺(月見寺)の山門


月見寺の坂を下ると、駅手前に幅の狭い上り階段がある。
ここを上って谷中霊園に向かうことに!
(天気の良い日、階段角にお花を売るおじさんが出ています)

お墓の路地を歩いて突き当たりを左に折れると、角に天王寺(大仏)が見える。
この天王寺は、700年前に建てられた感応寺(日蓮宗)であったが、
幕府の命で天台宗に改宗し、今の天王寺になったと聞く。



天王寺の本堂

何メートルあるでしょうか?意外にも大きいです。
山門を入って左に見える大仏

谷中霊園は、天王寺の土地と上野寛永寺の一部土地などを合わせ、
明治7年(1874年)に出来ました。
ここ一帯を「谷中の墓地」と呼び、幸田露伴の「谷中の五重塔」がありました。





谷中霊園・著名人のお墓

谷中霊園には、署名人のお墓が数多くありますが、
「長谷川一夫」「横山大観」「宮城道雄」「鳩山一郎」「高橋お伝」「鏑木清方」「徳川慶喜」
のお墓をご紹介します。

* お墓の場所は、次ページの一覧表をご確認いただき、お参りされればと思います。

 
長谷川一夫のお墓 (いつも綺麗なお花が・・・・・・)         横山大観のお墓

 
宮城道雄のお墓                                            鳩山一郎のお墓

 
高橋お伝のお墓                                                      鏑木清方のお墓


長谷川一夫の命日は4月6日
2008年4月6日朝の写真ですがファンの方々が多く、
これから浅草での「忍ぶ会」に出席するとのお話しでした。
4月9日にも訪問、立派なお花がさらに増えていました。



「徳川慶喜」のお墓
駐在所の先に徳川慶喜の看板が出ています。
門前から夫婦とその側室のお墓が見え、墳丘型で左側が慶喜のお墓。


   「徳川慶喜のお墓」ご夫婦で並んでいます。
塀の中にある慶喜のお墓 (丸い家紋が光っています)



著名人のお墓地図

下表の「著名人のお墓」をご参照下さい。
丸に駐は天王寺駐在所を示す。(1〜14が甲地区・15以降が乙地区)

甲地区
01 天津乙女 1905〜1980 宝塚女優 甲1号1側   本名・鳥居栄子   
02 中村仲蔵 1809〜1886 歌舞伎役者 甲1号11側             
03 高橋お伝 1850〜1879  毒婦 甲2号1側 古着屋吉蔵殺し  
04 川上音二郎 1864〜1911 新派創者 甲2号3側 墓は博多承天寺
05 沢田正二郎 1892〜1929 新国劇創始者 甲3号1側             
06 栃木山春日野 1882〜1974  27代横綱 甲4号7側            
07 佐佐木信綱 1872〜1963 歌人 甲8号7側            
08 川上冬崖 1827〜1881 洋画家 甲8号10側             
09 長谷川一夫 1908〜1984 俳優 甲9号2側 本名・林長二郎  
10 稲垣 浩 1905〜1980 映画監督 甲9号20側             
11 獅子文六 1893〜1963 小説家 甲9号22側 本名・岩田豊雄
12 上田 敏 1874〜1916 訳者 甲10号5側         
13 出羽の海 1873〜1922 19代横綱 甲13号2側 常陸山谷右門 
14 朝倉文夫 1883〜1964 彫刻家 墓地西側            

乙地区
15 ニコライ 1836〜1912 正教会大司教 乙2号新1側             
16 菊池容斎 1788〜1878 日本画家 乙3号9側 都指定旧跡
17 中島歌子 1841〜1903 歌人 乙3号9側             
18 宮城道雄 1894〜1956 筝曲家 乙4号7側             
19 徳川慶喜 1837〜1913 徳川15代将軍 乙7号甲1側             
20 横山大観 1868〜1958 日本画家 乙8号4側             
21 鳩山一郎 1883〜1959 政治家 乙8号4側           
22 広津和郎     1891〜1968  小説家       乙8号10側              
23 馬場狐蝶 1869〜1940 英文学者 乙10号5側             
24 渋沢栄一 1840〜1931 事業家 乙11号1側    
25 上田萬年 1867〜1937 国文学者 乙11号5号 円地文子の父 
26 円地文子 1905〜1985 小説家 同上 上田萬年の養女 
27 岸田吟香 1833〜1905 新聞事業先駆者 乙12号7側 岸田劉生の父
28 鏑木清方 1878〜1972 日本画・美人画 乙13号3側             

*谷中霊園にはここに記載以外にも、著名人のお墓が沢山あります。
霊園事務所で「谷中霊園案内図」をもらうと署名人墓碑が載っています。




目次   三崎坂 朝倉彫塑館 (谷中銀座) 谷中五重塔 瑞輪寺
旧吉田屋酒店 浄名院から寛永寺そして一乗寺 根津の街と根津神社

根津と串かつはん亭   散策コース外


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制作   大野 巌