築地市場と本願寺


東京メトロ・日比谷線の「築地駅」を出ると、すぐ脇に本願寺が眼に入る。
なんとも重厚な本願寺、こんなに広い本堂は数少ないだろう。
ココは奈良や京都ではない!銀座がすぐの東京である。

本願寺から、交差点を渡ると築地市場がある。
朝4時頃?からセリが始まる魚河岸、だが私の行った時間はお昼だった。
「場外市場」は、外国の観光客が多く昼食をするサラリーマンで賑やかだ。
活気があるし、上野のアメ横を覗いているようだ。

今日は、「築地場内市場」を是非訪問したいと出向いた。
場内市場の広さを見て「これはすごい」と。
もちろん朝のセリが終わり、場内のお店は後片付けをしている。
その中で若い衆が「包丁を研いでいる」姿があった。

今度、朝早く起きて場内のセリの活気を是非味わいたい!と思ったのである。
ココが東洋一の「築地魚市場」であることを肌で感じた。





築地本願寺


東京メトロ日比谷線「築地駅」の銀座側の出口は、
本願寺の塀に繋がっていますね!


築地駅の道から見た本願寺

  


本堂の裏側にパイプオルガンがあります。
私の訪問時は、法要もなく人が少ないように思いました。


本願寺塀の隙間孔から写してみました。
この本願寺をお参りして築地市場へ!



築地市場のお昼時に訪問



築地場外市場
何とも外国人の観光客が多く、ココだけ見ていると立ち食いのお店が多く台湾みたい!





築地市場


「築地市場」は昭和10年に開設、日本最大の魚市場となりました。
築地市場は、東京都中央卸売市場の11ヵ所一つです。

「築地市場は平成17年度(2005)の実績」
一日平均3,500トンの魚や野菜などが入荷。
一日の取引は約21億円との事です。

「江戸時代の魚河岸から今までの概要」
江戸時代初期(1603年)、幕府を開いた徳川家康は、
江戸城内の台所をまかなうため大阪の佃村から漁師たちを呼び寄せ、
江戸湾内での漁業の特権を与えました。
漁師達は魚を幕府に納め、残りを日本橋で売るようになったとの事です。
それが魚河岸の始まりといわれています。

 大正12年9月、関東大震災が東京を直撃。
すべてを焼き尽くし長い歴史を誇った日本橋魚河岸はその幕を閉じました。
震災直後、芝浦に仮設市場が設けられましたが、
大正12年12月には交通の便が悪く狭い事から、
東京市は海軍省から築地の一部を借り、市設魚市場として移転させたと。
これが「築地市場」の始まりと言われています。

築地市場の詳細はココをクリック願います。




築地市場・場内の様子




魚河岸の「水神様」は築地場内入り口付近にありました。
お賽銭の箱にも屋根があります。


朝の場内はすごいでしょうね!このようなセリの場所が数箇所ありました。
(この写真は12時過ぎでした)




いや実に広いです。このような場所がいろいろありました。
この時間、「市場の活気」はもちろんありません。




後片付けや包丁を研いで明日の準備です。

 
場内の様子


屋根に鳥(サギ?)がいっぱいでした。


場内には診療所や歯科もあります。


再び「場外市場」へ

 
本屋さんは「食通の本」や「築地案内」がほとんど!


ここでマグロ丼を食べました。


さすがに、お寿司屋が多いですね!


築地のお土産


いやいや築地へ行ってお土産に「トマトとジャガ」とはねー。
(何とトマト400円・ジャガは200円 〆て600円也でした)




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